[雑記] 人生げーむ
わたしが雑記を書くときというのは、大抵はどんよりどよどよか、負のエネルギーに満ち満ちていることが多いのですが、今回は果たしてどうでしょうか…気まぐれに書いているだけなので、本人ですら結末を知りえません´Д`
ちなみにタイトルは自分の好きな、アランパーソンズプロジェクトのアランパーソンズのアルバム名から持ってきました。このタイトルがなんとなくピンときましたので。
○ 最近のわたしの動き
a) 山。
興味ない人にはアレでしょうが、相変わらず山に向かってます。
が、山に向かっていたのは2週間も昔の話。
(めたぼくんとは相変わらずで、"どこにすっかー"談義をしております)
先週は雨のため行く気ナシ。今週は土曜日こそ雨だったモノの本日は午前中は晴れで絶好のハイキング日和だったハズ。ですが見送りました。
理由は2つ。1つはびみょーーーーにですが、身体の調子が若干おかしいこと。
(のどの具合といいますか、風邪の症状を呈している気がしました)
もう一つはこれを引き金にして"次の山行"への影響を抑えたかったから。です。
この、"次の山行"はゼッタイに万全の態勢で臨みたいと思っているものでして、エベレストに登る…訳ではないのですが(当たり前です)、わたしにしては珍しく、2ヶ月前から着手して楽しみにしているモノだったりします。
ある種、この休みで山と休みのバランスの重要性を考えるきっかけになっているのかなと思います。
b) のだめとクラシック
なぜかCSでアニメののだめがやってたので、最初から見たらハマってました´Д`
のだめのドタバタを見る…というよりも、千秋をターゲットとしてその成長を垣間見ている…と言った感じです。
もし単なるドタバタだったら一回目で見るのを止めているところですが、そうはなっていなかったことと、巧く配役が動き回っていることから見続けております。
現在の局面は、これからのだめの成長になるんだろうなぁ…と言ったところで、千秋の成長を見ていた自分としては若干悲しい感じもしております。
# まぁ見てないヒトから見たらどっちでもええわ。だと思いますが。
それとやはり…といいますか、クラシックを久々に聴いております。
軽く影響されるとついその影響されたモノを聴いてしまうのですが、クラシックだからといって、難しい顔をして聴いている訳でもなく、気に入った曲を、だらけて聴いているだけー。です。
(ニナ・ルッツ音楽祭の、ドヴォルザークさんが気に入っております。シュトレーゼマン指揮のAオケ ラフマニノフも良いですね)
○ ゲームについて
このところ怠けてます。>ゲーム
別にやらなければやらなくてイイシロモノですが、先日はマリカWii対戦で負けたのをきっかけにちょっとマリカWiiをやってました。
(対戦前は多分プレイ時間は5時間程度だったかと…)
ゲームについて過去を振り返りますと、昔は……特に20代の頃は異様にゲームに頑張っておりました。
ゲームに本格的にハマった当初は、実家でゲームを買ってもらえなかった反動でその渇きを埋めるかのようにゲームをむさぼっていた気がします。
ただ…20代中盤になると、長時間プレイをしているとプレイ後、むなしさがよぎる自分に気がつき始めました。
なんか…ポッカリと穴があいたような気分。"ナニをやってたんだろう?" 的な気分。
その気分はゲームをやっている間は熱中してますので、その"空虚"を埋める、あるいは忘れることが出来ます。
でも…その空虚を埋める時間が段々と減ってきて、"これでいいのだろうか?"と考え始めます。
確かにゲームは娯楽の一つなので、楽しいです。
ですが、度を越すと楽しくない。あるいは苦痛/麻薬/単なる時間の浪費。と捉えられなくも、ないです。
もっとも、人生そのものが無駄の塊。と言うことも出来るでしょうが、その無駄の塊の中で、"本当にやりたいこと"を見極めて行動した方がより密度が濃いモノになるであろうと思っております。
(ちなみに山ではそのような空虚感はありません。ダウナー系かアッパー系の違いでしょうか…)
そう考えた場合、自分ではどこにウェイトをおいた方が密度の濃いモノになるのか?
山ばかりだとそれはそれでゲームと同じわだちを踏まない…にしても、体力が持ちそうにないし、疲弊してしまいます。
かといってだらけてばかりだと単なる無駄でおわりそうです。
少なくとも今の自分にとっては、新作のシレンは魅力あるものではなく、アイテム集めやシナリオコンプ等も魅力的なものではありません。
"それをやらなきゃ!"という"義務"からではなく、"それがやりたいからやる"という意識が非常に重要なのではないかなぁ…そんな風に考えております。
○ 孤高の人について
読んでからもうすっかり日が経ってしまいましたが、(数ヶ月レベル)、"孤高の人"を読みました。
読んだきっかけはヤ○ジャンに連載されていたこと、昔読んだ新田次郎の他の作品がずっと気になっていたこと、自分が山に登り始めたこと。この3つが絡んで読むきっかけとなりました。
読んでない人のためにレビュはこの後の"続き"で書きます。
(いかんせん、読書感想文は苦手なので…そういう意味でも別の方がええのです
)
まず、主人公である加藤文太郎の結末が最初の時点で判ってしまいます。
この手法は後で色々と考えてみたのですが、訴える内容のために敢えてこの手法を取ったのではないか?と今は考えております。
単なる冒険モノであれば最初に結末を書く必要はなく、ドキドキハラハラを愉しめばよい。でもそこに新田次郎の言いたいこと、本質はない。…と判断し、読者に物語の本質を考えて読んで欲しいと考えたから最初に結末を持ってきたのではないか。そんな風に思います。
物語は加藤文太郎の学生時代から入ります。時折、赤と呼ばれてしょっぴかれる学生も居たりしますが、そこに新田次郎の思想への考え方が見え隠れします。この辺りの主人公を含めた人々の行動、考え方の動きが非常にスムーズで読み手に心地よさを覚えさせます。
物語が進むにつれ、加藤文太郎は不運なタイミングや彼の不器用な表情ゆえに、自分に関わるモノは不幸になる。/離れていく。と考え、単独行を"やむなく"行うことになります。
それがむしろ彼を有名たらしめる要因となるのですが、彼は好んで"単独行"を望んだ訳ではなく、今までのいきさつがそうせしめた。そのようなタッチで描かれていたかと思います。
山のレベルは明らかに違うので、この辺りはなんとも言えないのですが、単独行という観点についてのみ言えば、加藤という人物の単独行への捉え方が、自分とは異なっている箇所ではないかなと考えます。
(むしろ自分は好んで単独行を行う。というスタンスに近いので)
また、彼は時折、"なぜ山に登るのか?"ということを考えます。物語に登場する山のショップの主人は"そんなことを考えるまでもない"と呆れますが、時事刻々、変化する加藤の考え方もさながらですが、先の人生は無駄の塊…でも述べたように、やはりその理由はその時々によって変化するものであり、時折考えることへの重要さを示唆しているように思えます。
さらに、最後に向かう山への描写力。雪崩時の描写、山の様子。の細かさ、人間が変化していく描写。この迫力に圧倒されます。きっと新田次郎が渾身をこめて、一番楽しく(苦しみながら?)描いた描写ではないでしょうか。
(真似なんてとても出来ないです。(おこがましいことを述べてますが…))
物語の中で、一番気になった箇所は宮村 健の存在です。
彼は当初、加藤に憧れて山に登り始めます。この頃の宮村は無邪気で人なつっこい表情を見てます。
そして失恋のココロの隙間を埋めるよう、あるいは加藤に追いつこうとして次々と山に登って行きます。
最後は自分を追い詰めるかのごとく、無理して他人を巻き込んで死んでしまうのですが、確かに史実はそうなってはいると思いますが、そのいきさつ/性格/行動は新田次郎が作り上げたモノではないかと思います。
結局、宮村という存在は加藤自身のゴースト。つまり加藤自身にもそのような面があったであろうと思わせる存在。まずはその役割として挙げているのではないかと思われます。
…ですが、この人物について、まだ何かあるような気がしていますが、ちゃんと判っていないです…orz
…とまぁ長々と書いて、へんてこな時間になってしまいましたが、書きとめておきたくて書いてみました。
自分みたいに小難しいことを考えなくても十分楽しめると思いますので是非。
久々の方もおそらく見え方が変わっていると思いますので
ちなみにタイトルは自分の好きな、アランパーソンズプロジェクトのアランパーソンズのアルバム名から持ってきました。このタイトルがなんとなくピンときましたので。
○ 最近のわたしの動き
a) 山。
興味ない人にはアレでしょうが、相変わらず山に向かってます。
が、山に向かっていたのは2週間も昔の話。
(めたぼくんとは相変わらずで、"どこにすっかー"談義をしております)
先週は雨のため行く気ナシ。今週は土曜日こそ雨だったモノの本日は午前中は晴れで絶好のハイキング日和だったハズ。ですが見送りました。
理由は2つ。1つはびみょーーーーにですが、身体の調子が若干おかしいこと。
(のどの具合といいますか、風邪の症状を呈している気がしました)
もう一つはこれを引き金にして"次の山行"への影響を抑えたかったから。です。
この、"次の山行"はゼッタイに万全の態勢で臨みたいと思っているものでして、エベレストに登る…訳ではないのですが(当たり前です)、わたしにしては珍しく、2ヶ月前から着手して楽しみにしているモノだったりします。
ある種、この休みで山と休みのバランスの重要性を考えるきっかけになっているのかなと思います。
b) のだめとクラシック
なぜかCSでアニメののだめがやってたので、最初から見たらハマってました´Д`
のだめのドタバタを見る…というよりも、千秋をターゲットとしてその成長を垣間見ている…と言った感じです。
もし単なるドタバタだったら一回目で見るのを止めているところですが、そうはなっていなかったことと、巧く配役が動き回っていることから見続けております。
現在の局面は、これからのだめの成長になるんだろうなぁ…と言ったところで、千秋の成長を見ていた自分としては若干悲しい感じもしております。
# まぁ見てないヒトから見たらどっちでもええわ。だと思いますが。
それとやはり…といいますか、クラシックを久々に聴いております。
軽く影響されるとついその影響されたモノを聴いてしまうのですが、クラシックだからといって、難しい顔をして聴いている訳でもなく、気に入った曲を、だらけて聴いているだけー。です。
(ニナ・ルッツ音楽祭の、ドヴォルザークさんが気に入っております。シュトレーゼマン指揮のAオケ ラフマニノフも良いですね)
○ ゲームについて
このところ怠けてます。>ゲーム
別にやらなければやらなくてイイシロモノですが、先日はマリカWii対戦で負けたのをきっかけにちょっとマリカWiiをやってました。
(対戦前は多分プレイ時間は5時間程度だったかと…)
ゲームについて過去を振り返りますと、昔は……特に20代の頃は異様にゲームに頑張っておりました。
ゲームに本格的にハマった当初は、実家でゲームを買ってもらえなかった反動でその渇きを埋めるかのようにゲームをむさぼっていた気がします。
ただ…20代中盤になると、長時間プレイをしているとプレイ後、むなしさがよぎる自分に気がつき始めました。
なんか…ポッカリと穴があいたような気分。"ナニをやってたんだろう?" 的な気分。
その気分はゲームをやっている間は熱中してますので、その"空虚"を埋める、あるいは忘れることが出来ます。
でも…その空虚を埋める時間が段々と減ってきて、"これでいいのだろうか?"と考え始めます。
確かにゲームは娯楽の一つなので、楽しいです。
ですが、度を越すと楽しくない。あるいは苦痛/麻薬/単なる時間の浪費。と捉えられなくも、ないです。
もっとも、人生そのものが無駄の塊。と言うことも出来るでしょうが、その無駄の塊の中で、"本当にやりたいこと"を見極めて行動した方がより密度が濃いモノになるであろうと思っております。
(ちなみに山ではそのような空虚感はありません。ダウナー系かアッパー系の違いでしょうか…)
そう考えた場合、自分ではどこにウェイトをおいた方が密度の濃いモノになるのか?
山ばかりだとそれはそれでゲームと同じわだちを踏まない…にしても、体力が持ちそうにないし、疲弊してしまいます。
かといってだらけてばかりだと単なる無駄でおわりそうです。
少なくとも今の自分にとっては、新作のシレンは魅力あるものではなく、アイテム集めやシナリオコンプ等も魅力的なものではありません。
"それをやらなきゃ!"という"義務"からではなく、"それがやりたいからやる"という意識が非常に重要なのではないかなぁ…そんな風に考えております。
○ 孤高の人について
読んでからもうすっかり日が経ってしまいましたが、(数ヶ月レベル)、"孤高の人"を読みました。
読んだきっかけはヤ○ジャンに連載されていたこと、昔読んだ新田次郎の他の作品がずっと気になっていたこと、自分が山に登り始めたこと。この3つが絡んで読むきっかけとなりました。
読んでない人のためにレビュはこの後の"続き"で書きます。
(いかんせん、読書感想文は苦手なので…そういう意味でも別の方がええのです
)
まず、主人公である加藤文太郎の結末が最初の時点で判ってしまいます。
この手法は後で色々と考えてみたのですが、訴える内容のために敢えてこの手法を取ったのではないか?と今は考えております。
単なる冒険モノであれば最初に結末を書く必要はなく、ドキドキハラハラを愉しめばよい。でもそこに新田次郎の言いたいこと、本質はない。…と判断し、読者に物語の本質を考えて読んで欲しいと考えたから最初に結末を持ってきたのではないか。そんな風に思います。
物語は加藤文太郎の学生時代から入ります。時折、赤と呼ばれてしょっぴかれる学生も居たりしますが、そこに新田次郎の思想への考え方が見え隠れします。この辺りの主人公を含めた人々の行動、考え方の動きが非常にスムーズで読み手に心地よさを覚えさせます。
物語が進むにつれ、加藤文太郎は不運なタイミングや彼の不器用な表情ゆえに、自分に関わるモノは不幸になる。/離れていく。と考え、単独行を"やむなく"行うことになります。
それがむしろ彼を有名たらしめる要因となるのですが、彼は好んで"単独行"を望んだ訳ではなく、今までのいきさつがそうせしめた。そのようなタッチで描かれていたかと思います。
山のレベルは明らかに違うので、この辺りはなんとも言えないのですが、単独行という観点についてのみ言えば、加藤という人物の単独行への捉え方が、自分とは異なっている箇所ではないかなと考えます。
(むしろ自分は好んで単独行を行う。というスタンスに近いので)
また、彼は時折、"なぜ山に登るのか?"ということを考えます。物語に登場する山のショップの主人は"そんなことを考えるまでもない"と呆れますが、時事刻々、変化する加藤の考え方もさながらですが、先の人生は無駄の塊…でも述べたように、やはりその理由はその時々によって変化するものであり、時折考えることへの重要さを示唆しているように思えます。
さらに、最後に向かう山への描写力。雪崩時の描写、山の様子。の細かさ、人間が変化していく描写。この迫力に圧倒されます。きっと新田次郎が渾身をこめて、一番楽しく(苦しみながら?)描いた描写ではないでしょうか。
(真似なんてとても出来ないです。(おこがましいことを述べてますが…))
物語の中で、一番気になった箇所は宮村 健の存在です。
彼は当初、加藤に憧れて山に登り始めます。この頃の宮村は無邪気で人なつっこい表情を見てます。
そして失恋のココロの隙間を埋めるよう、あるいは加藤に追いつこうとして次々と山に登って行きます。
最後は自分を追い詰めるかのごとく、無理して他人を巻き込んで死んでしまうのですが、確かに史実はそうなってはいると思いますが、そのいきさつ/性格/行動は新田次郎が作り上げたモノではないかと思います。
結局、宮村という存在は加藤自身のゴースト。つまり加藤自身にもそのような面があったであろうと思わせる存在。まずはその役割として挙げているのではないかと思われます。
…ですが、この人物について、まだ何かあるような気がしていますが、ちゃんと判っていないです…orz
…とまぁ長々と書いて、へんてこな時間になってしまいましたが、書きとめておきたくて書いてみました。
自分みたいに小難しいことを考えなくても十分楽しめると思いますので是非。
久々の方もおそらく見え方が変わっていると思いますので
コメント
クラシック
ふっふっふ・・・とうとう変態の森へ・・・いらっしゃいませ〜(?)
ワタシは漫画からなのですが、それからドラマ、アニメと。
やっぱり音楽が聞こえるのはいいですよね。使われている音楽もストーリーにリンクした曲が多いので聞いてて楽しいです。たまにはクラシックもいいもんでしょ?
10月からはフランス編が始まります。楽しみです。
「ピアノの森」・・・原作一色まことさんでしたかー!それは読みたいもんです、ぜひ。>はてなさん。
ピアノではやはり王道ですが、ショパン、好きです。難しくて弾けないけど(笑)
ワタシは漫画からなのですが、それからドラマ、アニメと。
やっぱり音楽が聞こえるのはいいですよね。使われている音楽もストーリーにリンクした曲が多いので聞いてて楽しいです。たまにはクラシックもいいもんでしょ?
10月からはフランス編が始まります。楽しみです。
「ピアノの森」・・・原作一色まことさんでしたかー!それは読みたいもんです、ぜひ。>はてなさん。
ピアノではやはり王道ですが、ショパン、好きです。難しくて弾けないけど(笑)
くらしっく
>はてなさん
ショパン…ノクターンとか別れの曲…うん、まぁそれくらいしか知らないっす
アニメから入ってしまい、音楽も一緒についてしまっているので、
音楽モノの漫画でのめりこむ…ってイメージがイマイチ思い浮かばないのですが、
やっぱり実際聴くと良いのは良いですねー。
吸う毒…いや、数独すか。電車でたまにおっさんが必死こいてやってるやつかなぁ…
(失礼きわまりない…
)
わたしもちまちま派になってますが、さすがにWiiマリカはそうはいかないようです。
あ、ちょっとだけWiiFit復活しました。でもすぐにしぼんでしまいましたが
ショパン…ノクターンとか別れの曲…うん、まぁそれくらいしか知らないっす
アニメから入ってしまい、音楽も一緒についてしまっているので、
音楽モノの漫画でのめりこむ…ってイメージがイマイチ思い浮かばないのですが、
やっぱり実際聴くと良いのは良いですねー。
吸う毒…いや、数独すか。電車でたまにおっさんが必死こいてやってるやつかなぁ…
(失礼きわまりない…
)
わたしもちまちま派になってますが、さすがにWiiマリカはそうはいかないようです。
あ、ちょっとだけWiiFit復活しました。でもすぐにしぼんでしまいましたが
ヘンタイの森…(汗
>ゆうにゃさん
ええええぇ〜…仲間入りですか!
クラシックと漫画、アニメの最初の出会いと言えばアレです。ドカベンっすね。
殿馬は白鳥の湖でホームランを打ち、G線上のアリアとか言いながらバントしてましたなぁ…
それはさておき、いいですな。>音が聴こえる。ここのところくらしっくをダラッと聴いてることが多いです。
のだめを見てて、音楽が妙に気になったので、近くのTSU○AYAに出向きまして、
ストーリーに即したクラシック〜…みたいのを借りまして、これが見事にハマっております
アニメは観ましたが、ドラマは…見ないような気がしますねぇ。多分ドタバタについていけない気が…
(といいながらアニメ、ハマりましたけど…orz)
10月…民放が先行放送なので、CSで見るのは先になりそうな気がしますが、
楽しみにして前の作品を観ることにします。
ちなみに自分は弾けるどころか、おたまじゃくしもよう書けんです´Д`
ええええぇ〜…仲間入りですか!
クラシックと漫画、アニメの最初の出会いと言えばアレです。ドカベンっすね。
殿馬は白鳥の湖でホームランを打ち、G線上のアリアとか言いながらバントしてましたなぁ…
それはさておき、いいですな。>音が聴こえる。ここのところくらしっくをダラッと聴いてることが多いです。
のだめを見てて、音楽が妙に気になったので、近くのTSU○AYAに出向きまして、
ストーリーに即したクラシック〜…みたいのを借りまして、これが見事にハマっております
アニメは観ましたが、ドラマは…見ないような気がしますねぇ。多分ドタバタについていけない気が…
(といいながらアニメ、ハマりましたけど…orz)
10月…民放が先行放送なので、CSで見るのは先になりそうな気がしますが、
楽しみにして前の作品を観ることにします。
ちなみに自分は弾けるどころか、おたまじゃくしもよう書けんです´Д`
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「ピアノの森」一色まこと作。
今はショパンコンクール出ているので、ショパンばかりですが。
漫画読んでいて思うのが、曲流れて欲しいものです。
アニメ・ドラマ・映画観たら良いのですが。
ゲーム。
今は夫・子供らがやっているのを眺めるか、「数独」をちまちまやっています。
870円でえらい遊べます。(しかも、まだ初級・笑)
シレン、テレビ占領してしまうのでなかなか手が出ません。
ゲームは最近布団で、ちまちまがあっているようです。